セルフメディケーション シリーズ 対談:医学と異分野をつなげる「橋渡し役」に- 2.MBA取得後、再度サイエンスの道へ

セルフメディケーション シリーズ 対談:医学と異分野をつなげる「橋渡し役」に- 2.MBA取得後、再度サイエンスの道へ

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連載vol.2 MBA取得後、再度サイエンスの道へ

大村光代先生 (薬剤師 / 慶應義塾大学特任講師)

連載vol.2 MBA取得後、再度サイエンスの道へ

池田
日本に戻ったあと、働きながらMBA(経営学修士)を取得されたそうですね。もともと経営に興味をお持ちだったんですか?
大村
ドイツ本社で幹部候補生研修を受けていた時に、アニュアルレポート(年次事業報告書)をちゃんと読む必要が出てきまして、最初はちんぷんかんぷんで、すごく苦労しました。ドイツ本社からトップが来日した際に、日本の大手製薬企業のトップへの表敬訪問に同行する機会が何度かあったのですが、その際、医薬品業界の状況や経営に関する話が会談中に必ず出るんです。そこで私が内容をわかっていないと双方のコミュニケーションがとれないし、いいかげんな通訳もできず、必要に迫られて…というのが正直なところです。それで、テンプル大学の日本校で2年間、働きながら経営の勉強をしました。
ドイツ滞在中に、私のまわりの同僚がだいたい2つの専門性を持っていたことも大きいですね。企業で働いている人が複数の専門分野を持っているというのは日本ではなかなかないと思うんですが、ドイツでは、薬剤師でありながら経営学の修士も持っているなどというのは珍しいことではありません。それもMBAを取ろうと思ったきっかけの一つです。
池田
MBAを取得されたあとは経営のほうへ進まれたのですか?
大村
資格を生かして何かしたいなと思っていた矢先、知人から誘いを受け、バイオベンチャーの経営に関わるようになりました。そこでは人工血液を開発する研究プロジェクトをやっていたのですが、そのベンチャーの創業者の教授達の話を聞いているうちに基礎医学の奥深さに興味が湧いて、根本から学びたいという気持ちがだんだん大きくなっていきました。もう一度、大学に戻って勉強したいと。そのベンチャーの創業者である先生の話が100%わからないことに少しフラストレーションも感じていました。対等とまではいかないにせよ、自分なりに研究分野の内容を理解したいとすごく思いました。知的好奇心というより負けず嫌い(笑)。それで、慶應義塾大学医学部大学院博士課程に進み、がんの代謝についての研究を始めました。
大村光代先生
池田
また学生に戻って専門性の高い勉強を始めるとはすごいですね! 勉強時間も必要ですし、大変だったのでは?
大村
そうですね、今振り返っても40代後半で大きな決断だったと思います。教授の計らいもあり、学生だけれども研究員という立場で働かせてもらえました。ちょうど大学院に入った年に、「グローバルCOEプログラム」という国の施策──国際的な研究者を育成するのが目的で作られた施策ですが、これに慶應大が選ばれて、研究員をフォローするような制度ができまして。そういった恩恵もあり、約10年かけていろんな研究をやりとげたという感じですね。
実はこの在学中にお会いした先生の中に、2019年のノーベル賞を受賞した先生がいらしたんです。大学院生は教授の前で研究の中間発表をするのですが、英語で発表するように指示されて、日本人しかいないのにどうしてと思いながら半信半疑で英語でプレゼンしました。数カ月後、「グローバルCEOプログラム」の一環で海外から教授クラスの人が来日、私は再度、同じ発表をすることになりました。この時の教授こそ、ノーベル生理学・医学賞の授賞者の一人、グレッグ・セメンザ教授(※)でした。ジョンズ・ホプキンス大学で、がん細胞の低酸素応答の研究をなさっていて、その功績が認められての受賞です。
池田
大村先生が研究されていたのも、がんの代謝についてですから、共通項があったんですね。
大村
大学に入り直していなければ、そういう方たちに会うことも一生なかったでしょう。今思えばすごくラッキーな経験でした。
(※)低酸素誘導因子(HIF-1)というタンパク質を発見し、細胞が酸素の欠乏に対応する「低酸素応答」のメカニズムを解明した功績で受賞。今後、貧血やがんなどの治療法・治療薬の開発につながると期待されている。

VOL.3 へ続く >>

大村光代(おおむら・みつよ)
プロフィール
東京都出身。医学博士、MBA、薬剤師。1983年に明治薬科大学薬学部卒業後、慶應義塾大学病院整形外科の研究助手を経て、株式会社津村順天堂(現・株式会社ツムラ)に入社。その後、メルクジャパン株式会社(現・メルク株式会社)へ転職、勤務を続けながらテンプル大学大学院にて経営学修士修了。2003年よりベンチャー企業の経営に関わったのち、2007年、慶應義塾大学医学部大学院博士課程医学研究科入学。2015年に医学博士号取得。現在、同大学特任講師。同大学病院 臨床研究推進センター広報部門 部門長兼 トランスレーショナルリサーチ部門 連携支援ユニット ユニット長を務める。

「調剤薬局ジャーナル」2020年1月号より転載

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